マルチタスク型の人材育成がいっそう求められるようになるだろう。
日本の産業構造の変化にともない、企業組織でのマルチタスク化への試みは徐々に進行しているようだが、企業組織だけの努力でマルチタスク型人材を育成するのは容易なことではない。
企業社会に入る以前の学生の訓練の場である大学が、依然としてシングルタスク志向の教育を行っているからである。
たしかに大学改革が叫ばれ、実際にいくつかの試みがスタートしている。
バイオテクノロジー分野では、政府のミレニアム・プロジェクトをはじめとして、様々な挑戦が行われている。
ゲノム解析を中心としたバイオテクノロジーは、医療、製薬、食物、環境など広範囲な展開が予想され、21世紀の経済を牽引する基幹産業になることが予想されるが、日米の技術格差がもっとも大きい分野でもある。
しかも、重要度が高くて将来の市場規模も大きいと予測される技術分野ほど、その開きが大きいのである。
なぜ、これほどまでに日米の技術格差が広がってしまったのか。
その要因の一つは、マルチタスク型人材育成である。
アメリカの代表的工科大学は、90年代前半から相次いで分子生物学の教育を必修科目として学生に課している。
いわば、カリキュラムにおけるマルチタスク化である。
ゲノム解析ではDNAシーケンサーと呼ばれるコンピュータ利用の自動解析装置が使われるなど、バイオとITが融合化する現象が起きている。
高度化した解析や分析においては、バイオの知識とITの知識の双方が求められるのである。
アメリカは率先して、バイオとITの双方の知識を持つマルチタスク型人材の育成につとめた。
その結果、学位を複数取得したマルチメイジャー(複数の専門分野)の研究者や教育者が第一線で活躍している実例が多いのである。
マルチメイジャー育成にあたって、アメリカではシングルメイジャー(専門分野が一つ)の教授陣に対してDNAの勉強を特訓で受けられる研修講座をつくったりしており、マルチメイジャー育成のために教える側の変革を本腰で進めている。
それほど積極的にマルチメイジャー体制への移行に力を注いでいるのだ。
ひるがえって日本の大学を見たとき、そこまで徹底した改革を行っているところがあるだろうか。
改革の旗印を掲げているものの、それは依然としてシングルメイジャーの教育プログラム内での部分的改善であり、教える側も大きな意識改革を迫られることはない。
その改革は従来のパラダイムの延長線上での微調整では何の意味もない。
50年以上も前に施行された教育基本法の枠内だけで、微温的改革を行えばすむという状況ではないのである。
いま求められているのは、パラダイムの転換であり、それに対応するシステムの新構築だ。
その意味で教育基本法を見直す作業はぜひとも必要であるし、工業化時代のパラダイムではなくたとえば複雑系パラダイムに立脚した教育の在り方を論議しなければならない。
このままではアメリカとの格差はますます開くばかりであり、抜本的な改革がもちろん急務である。
そこでキーワードとなるのは「マルチタスク志向」であり、ある一つの方向に進路を決めるのではなく、予測不可能な未来に対応するために選択肢をできるだけ広げるという柔軟な姿勢であろう。
今日、教育について考えるとき、なんといっても生活環境の変化を念頭に置かなければならないだろう。
環境の変化が子供たちに多大な影響を与えているからである。
たとえば、戦後しばらくは、大抵の家には「縁側」があった。
縁側に近所の人がやってきたし、巡回の警官も、あるいは行商の人もやってきた。
そこで父親が、あるいは母親が彼らと話しているのを、子供たちは何気なく聞いていた。
内容は十分に理解できないまでも、話の端々から、社会の厳しさ、あるいは難しさを子供心にも窺い知ることができた。
そうして、社会の一員になっていくときの覚悟をおのずと自覚するようになったのである。
加えて、「卓椎台」があった。
現在のように豊かな時代ではなかったから、どの家も大抵小さな家で、6人家族でも8人家族でも、部屋数が少ない。
したがって、一つの部屋は居間にも客間にもなり、卓被台を出せば食堂にもなった。
卓椎台が片付けられれば、そこは家族全員の寝室になった。
夕方、その卓祇台をめがけて家族全員が帰宅した。
卓椎台が部屋に出ているあいだに帰昔の子供たちは、そのように自然に、「なにをすべきか、なにをすべきでないか」「なぜ自分が我慢しなければならないか」「どのような役割に責任を持たないといけないか」といったことを身体で覚えることができた。
だから、いじめもあったが、限度があった。
少年ってこないと、卓祇台も食事も片付けられてしまう。
だから、卓祇台は自然と、家族全員が集まって話し合う歓談の場になった。
両親がどのような考えを持っているのか、どのようなことに困っているのか、どのような悲しみがあるのか、などを子供たちは察し、理解することができた。
親もまた、子供たちが日々どのように成長し、何を悩んでいるかを知ることができた。
卓椎台はまさに、家族の相互理解の道具であった。
さらに、子供たちの遊びに「かくれんぼ」や「鬼ごっこ」があった。
そのような遊びを通じて子供たちは、お互いの付き合い方、接し方を自然に身につけることができた。
あるいはお互いの役割を理解することができた。
鬼の役割、逃げる役割、隠れる役割。
その役割も大抵は、じゃんけんで決められた。
極めて民主的な決定であった。
決められた以上は、みなその役割を果たすことに懸命になり、我慢すること、耐えることも学んだ。
また、そのような遊びのなかから、強さをくじき、弱さを助ける「ガキ大将」が数多く生まれた。
犯罪も、生活苦からの犯罪が圧倒的多数である。
しかし時代は流れ、まず「卓祇台」が家のなかから姿を消した。
ひと部屋で居間も、客間も、まして食堂も兼ねなければならないような家は少なくなった。
居間は居間、客間は客間、食堂は食堂、寝室は寝室、と役割を明確にした家が新築されるようになった。
だから、親子の会話も少なくなる。
それぞれが適当な時間に帰宅して、そのまま自分の部屋に直行する。
食事は片付けられることはなく、しかも冷蔵庫や電子レンジがあるから、いつでもおいしい食事を自分1人ですることができるようになった。
かくして親子の会話が途絶することになる。
「縁側」もまったく見かけなくなった。
新しい家は、縁側を不経済、不要な場所として新築の際に設計図から省いてしまう。
他人との接点は玄関の一点のみ。
それも鍵をしめ、他人を拒むかのように固く閉じられている。
近所付き合いはなくなり、人々の会話は極端に少なくなり、逆に、干渉されたくないということで、他人との交流を拒むようになってきた。
しかし、そのことによって、子供は一般社会をリアルに理解し、察することができなくなってしまった。
「かくれんぼ」や「鬼ごっこ」をする子供もほとんどいなくなった。
大抵の子供は、家のなかで孤独に、自分の世界に入り込み、自分の思い通りにゲームの世界を動かそうとする。
そこでは、子供たちのお互いの付き合いはない。
友だちと一緒でも、会話はなく、ゲームを順番にしていくだけである。
助け合いもなければ、思いやりもない。
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